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久賀島ブログ!

久賀島は、長崎県五島列島にある馬蹄形の美しい島です。 やぶ椿が島中に繁茂し、季節になると凛とした美しい花を咲かせ 島中を赤く彩ります。 一夜にして沈んだといわれる高麗島伝説や鬼伝説など、 伝説・伝承 の多い島でもあります。
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久賀島は、長崎県五島列島にある馬蹄形の美しい島です。 やぶ椿が島中に繁茂し、季節になると凛とした美しい花を咲かせ 島中を赤く彩ります。 一夜にして沈んだといわれる高麗島伝説や鬼伝説など、 伝説・伝承 の多い島でもあります。
2018年(平成30年)6月30日、久賀島は集落全体が「長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産」の世界遺産となりました。1881年(明治14年)に、久賀島の仏教徒の大工さんが建てた旧五輪教会堂や、牢屋の窄殉教記念教会堂、そして島の人たちが手づくりした「島民手造り展望台・折紙展望台」、四季折々変化する美しい風景、そして温かい人情などなど。魅力にあふれた久賀島へ一度いらしてくださいませんか。
↓公式ホームページはこちら
>>久賀島<<
細石流教会堂跡へ行ってきました
・・・・9月28日晴天・・・
細石流教会跡へ行きたいと、ブログを通してご連絡をいただきました。
以前から、また細石流教会堂跡へ写真をとりに行きたいと思っていましたので、ご一緒することに。
二人では、イノシシなどもいて危険なので、主人にも来てもらいました。



黒い傘を持っているのは、イノシシが来た時に、パッと広げるといいと聞いたからです。
もういないかとも思いましたが、蜂よけのための網目の上着もきました。
まず最初から驚き!
入口が草ぼうぼうでした。久賀島は、一雨ごとに草木が育つんです。
10月の中旬くらいには、また草刈りをする予定だそうです。



大きな木がある場所は、陽が差し込まないので、草はあまり生えません。
しかし、倒木や水があふれたあとがあり大変でした。



途中に、海岸の家が使っていた水を溜める井戸があります。
今でも水が溜まっていました。



途中には、畑や家の跡の石垣や井戸などがあります。
カトリックの方たちが暮らしていた生活の場です。
ご苦労なされましたね。







畑の石垣を抜けると陽がさす場所に出ました。
しかし、そこは又、草ぼうぼうでした。
あまりのことに写真をとることもできず、必死に歩きました。
イノシシが出るかもしれないという心配もありましたので、キョロキョロとしながら歩きました。







石垣のそばを通りながら、ふと下を見ると・・・・・。
イノシシが掘った穴が沢山ありました。
思わず辺りを見回しました。まだ新しい穴もあったので。





そして、やっと教会跡に到着。
心ははやります。





しかし階段はご覧の通り。
イノシシと出会った時に、追い払うため持ってきていた鉞で草を払いました(笑い)
教会の敷地内は、やはり草が生い茂っていました。
さすが久賀島の雑草!たくましいです。
ルルドの跡は、きれいに残っています。よかった。
以前来た時と変わりはありません。
瓦や柱なども残っています。











そして、教会跡に私が来た目的の風よけのためのブロック塀。
ここに書かれている文字の写真を撮りたかったのです。
文字は、小石を埋め込んで書かれてあります。
「昭和参拾四年四月二十六日建設」

教会堂は、大正9年に着工し、大正10年に聖堂竣工と記録にあります。

強い風から教会を守るために、ブロックを運び上げ塀を作ったんですね。









教会近辺を写真にとり、墓地へも行きました。
そして同じ山道を下り海が見える場所へ。
涼しい風が吹いていて、とってもいい気持ちです。





細石流教会堂跡へ行こうと思われている皆様。
まだまだマムシがいるかもしれませんので長靴が必要です。
そしてイノシシが沢山いると思ってください。
イノシシは夜行性といわれますが、昼間でも出てきます。
久賀島村の時代にイノシシは駆除してしまいましたが、現在は、ほかの島から海を泳いでたどり着き、どんどん増えています。
十分、お気をつけてください。
それと道はわかりづらいです。
気軽に軽装で行かれることだけは止めてくださいね。
| hisakajima | 最近の久賀島 | 07:08 | comments(10) | trackbacks(0) | pookmark |
コメント
坂谷様
昨日は本当にありがとうございました。
詳細に記録を残してくださり、このブログでいつでも思い出せそうです。
先ほど資料館で椿のレリーフを見、さらに感慨深いものとなりました。
取り急ぎ御礼まで…
| mw | 2018/09/29 3:45 PM |
mwさま
 昨日と打って変わって今日の雨風。
 今日中に帰れそうですか。
 私は写真を撮りたかったところを撮れて本当に良かったです。
 またいらしてくださいね。
 お会いできてよかったです。
| 坂谷伸子 | 2018/09/29 4:09 PM |
坂谷さんこんばんは、細石流教会跡残ってますね。しかし草が生い茂って怖くて行けないです私は〜
人が沢山いたというのが分かりますね!ここも五輪と同じくらい古くからあったんでしょうか?まだまだ知らない久賀島の過去がありますね。
| りのんばぁば | 2018/09/29 11:22 PM |
りのんばぁばさま
 草が生い茂っていますから、たぶん行けないでしょう。
 私は、山や海を歩きなれていますから上りましたが(笑い)
 五輪や細石流、そして他にも古くから人が住み始めていたと思い
 ます。
 私も、まだまだ知らないことが沢山ありますので、あちこちフラ
 フラと回っています。久賀島が好きなので、もっとたくさんの
 ことを知りたいです。
| 坂谷伸子 | 2018/10/01 3:24 PM |
ぜひ、一度お連れください。 自分ではとても参れせんので。よろしくお願いします。
| mukioo | 2018/10/01 7:12 PM |
mukiooさま

一人では無理かもしれませんね。
またいらしたときに、笛や太鼓をたたきながら行きましょう(笑い)
イノシシが怖いので。
| 坂谷伸子 | 2018/10/02 3:19 PM |
最近、フェイスブックで五島列島が、日本の始まりだと言う説があると知りました。
謎やミステリー好きの方にも、たまらない島ですよね。
台風25号、嫌な感じな進路予想が出てますね。お気をつけください。
| 村松絹子 | 2018/10/03 9:58 PM |
10数年前の正月明けに福江からレンタカーで、細石流を目指しましたが、
細石流分校のところに車を置いて歩きだしてのもつかの間、超大雨ですぐに挫折しました。
昭和46年ごろの写真集では、まだかろうじて天主堂が残っていたみたいですが、
そりゃそうですね、でも、柱とわかる材や瓦が残ってるなんて荒らされてないようで・・・
(廃墟マニアなるものがいるそうなので・・・)
それはさておき、このような道だったとは…大雨でなくても行けなかったかもしれません。
・・・おしさひぶりすはじめっち

イノちゃんの海渡る話は何回も聞いてて、貴ブログでも何回か取り上げられていましたが…
2〜3年前まではどうなるか心配と危惧されてましたが、なんかもう人口超えてしまってるのでは?
・・・もう食っちまうしかない!みならいかのん

「世界遺産認定おめでとう!」と申していいのかどうなのか、
わかんなかったんすけど、やはりいいことなんかもしれないす。
熊本の本渡の資料館に、細石流教会の司祭の装束があった覚えがあったんすけど、
けっこう立派な衣装だったのっす。大きな天主堂だったのかもしれないでんす。
・・・それにしても「五島産業汽船」なしたんすか?ゆたか

あたいはむずかしいことはよくわかんないけんども、
きのう、国営放送で「潜伏キリシタンと長崎の教会群」スペシャル時間枠でやってたのだ。
時間限られてるからしょうがないけども、「かくれ」と「潜伏」が説明よくわかんなかったり、
「信徒発見」でめでたしめでたしで、「牢屋の窄」とかの後の弾圧とかはふれられないし、
「軍師官兵衛」じゃ触れられてた26聖人と「サン・フェリペ号」との関連もあいまいだし、
期待してたから、ちょびがっかりしちゃったのだ。(以上、文句なのだ)
んでもって、ブロック塀、「控え壁?」があったり鉄筋がしっかり入ってることもあるんだろうけど、
強風やしおかぜにさらされながら、60年近く経っても残ってるっちゅうのはすごいのだ。
地震で崩れた大阪の学校のブロック塀もこれだけしてたんだろか?なのだ。
・・・世界遺産の補助金でやったわけでないのに!スゴイのだつるみん


| はじめっち&みならいかのん&ゆたか&つるみん | 2018/10/04 7:41 PM |
村松絹子さま

冊子を持っています。
いろいろな説があり、久賀島は面白いです。
また、いらしてくださいね。
| 坂谷伸子 | 2018/10/05 8:29 AM |
はじめっち&みならいかのん&ゆたか&つるみん さま

教会堂跡までは、地元の方でも行けない人もいるくらいに、道が分かりにくいです。30数年前は、別の道だったのですが、そこが草木が生い茂り、現在は登れなくなっています。

イノシシは、あちこちから泳いで渡ってきています。山が深いので食べるものもあり、隠れる場所もあり、イノシシには天国かもしれません。おっしゃるように、人口よりもイノシシの数が多いかもしれません・・・。

熊本の本渡の資料館には、機会があったらぜひ行ってみたいです。教えてくださって有難うございます。

潜伏キリシタンとかくれキリシタン。れガイドをするにあたって勉強会には行っていますが、一口でご説明するには、なかな
か大変です。短時間で放送するには、難しいだろうと思います。それぞれの人たちの気持ちもありますので、できるだけ沢山の方々からお話を聞き、当時の資料を集めてお話をしています。

ブロック塀は、36年ほど前に行った時には、周りに大きな木々があって気づきませんでした。ただ教会堂あとだけを見てきました。信徒さんたちに聞くと、海岸からブロックを坂道を上り運んだとのこと。ただひたすら教会堂を風から守りたいという一心で、辛い仕事も率先してやったということでした。

また、いつか久賀島にお越しくださいませんか。





| 坂谷伸子 | 2018/10/05 9:13 AM |
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