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久賀島ブログ!

久賀島は、長崎県五島列島にある馬蹄形の美しい島です。 やぶ椿が島中に繁茂し、季節になると凛とした美しい花を咲かせ 島中を赤く彩ります。 一夜にして沈んだといわれる高麗島伝説や鬼伝説など、 伝説・伝承 の多い島でもあります。
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久賀島は、長崎県五島列島にある馬蹄形の美しい島です。 やぶ椿が島中に繁茂し、季節になると凛とした美しい花を咲かせ 島中を赤く彩ります。 一夜にして沈んだといわれる高麗島伝説や鬼伝説など、 伝説・伝承 の多い島でもあります。
2018年(平成30年)6月30日、久賀島は集落全体が「長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産」の世界遺産となりました。1881年(明治14年)に、久賀島の仏教徒の大工さんが建てた旧五輪教会堂や、牢屋の窄殉教記念教会堂、そして島の人たちが手づくりした「島民手造り展望台・折紙展望台」、四季折々変化する美しい風景、そして温かい人情などなど。魅力にあふれた久賀島へ一度いらしてくださいませんか。
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>>久賀島<<
蕨町の風景
・・・空き家が多くなりました・・・
蕨町は、家が密集している集落です。



ここは、皆さんが「こうやざん」と言っているところです。
山の斜面の上にあるからでしょうか。



集落を取り囲むように田畑があります。
私が越してきた39年前くらいは、山の上に段々畑が残っていました。
そこは今は竹林となっています。



右手はお大師堂です。
お大師堂の横に高麗地蔵が安置されています。
60才〜80才までの女性たちが、お大師堂と高麗地蔵を交代でお祀りしています。
「みもり」といいます。



これから先は、「うえんまち」と呼ばれるところです。
昔は、ここの道路が本道だったので、お葬式の時には、この道路を通ります。











「したんまち」です。
ここは空き家ばかりです。
「うえんまち」も「したんまち」も昔の家が残っているので、大きな家ばかりです。







四角い井戸が残っています。
飲み水は近くに「はいからがわ」という井戸があり、そこから汲んでいたと言っていました。
夏でも冷たい美味しい水だったそうです。
もちろん今は水道です。



「したんまち」を、現在の道路から撮った写真です。
空き地には、野菜が植えられています。
野菜作りが下手な私は、よくおばさんたちから頂きます。







「すがさき」に入ります。
昭和47年12月31日に集落の約半分が焼失する火事にあった地区です。
ですから「うえんまち」や「したんまち」は、昔の大きな家ですが、「すがさき」は昭和48年以降に建てられた家ばかりです。
やはり空き家は多いです。











集落を囲んだ田んぼです。
耕作放棄地も増えています。





海岸近くには漁協があります。
以前は、タイ・ヒラメ・トラフグなどの養殖をしていましたので、大賑わいでした。
朝早くから、魚の餌を作る機械が音をたて、働くおばさんたちの笑い声がひびきました。
今では静かになり寂しくなりました。



神輿巡行があったころの蕨神社例大祭。
集落中を練り歩き、船で漁場へ行き、最後は海に入っていました。
集落をいくつかに分け、女性たちはご馳走を持ち寄り、御接待をしたものです。
神輿を担ぐ人はもちろんですが、見物客にも同じように御接待をしました。
大変ではありましたが、その頃の賑わいが懐かしく思い出されます。



蕨町に越してきて、最初は早口の蕨弁を聞き取ることができずに困りました。
なんだかわけがわからないまま、最初は「郷に入っては郷に従え」を肝に銘じてやってきました。
当時は「なぜ?」と思うことも多かったのですが、暮らしていくうちに理屈ではないと思い知りました。
山を切り開き田畑を作り、男性だけでなく女性たちも、よその島にも出稼ぎに行き子どもたちを育て上げました。
そのご苦労を思うと頭が下がります。
風景も違って見えてきます。
| hisakajima | 最近の久賀島 | 06:49 | comments(5) | - | pookmark |
コメント
1枚目と3枚目の写真の奥は奈留島ですね。
峠道を降りてきて、海が見え、奈留島が見え、高麗地蔵を拝んでから五輪教会に至った、久賀島ウオークが懐かしく思いだされました。
ありがとうございます。
景色は変わらず、でも人は減って、小学校で歓待してくれたおばあさんたちはどうされてるのでしょうね。
| 島の医者になって | 2020/03/25 9:27 AM |
島の医者になって様

蕨町は、昔は奈留島との行き来が多かった集落です。
奈留島の網元の所に仕事に行った女性たちも、まだ残っておられますよ。
奈留島にも、又勉強に行こうと思っています。
その時には、奈留島の街並みの写真も撮ってきます。
でも暫くお待ちくださいね。
高齢者の皆さんのリスクを少しでもへらそうと、今、私はあまり出かけないようにしていますので。

いつもありがとうございます。
| 坂谷伸子 | 2020/03/25 9:40 AM |
たくさんの写真、ありがとうございます。
見たこともない風景です!
両親は今、愛知に住んでいます。この写真をみて何を思うかはわかりませんが、
五島で感じた気持ちをきいてみたいなと思います。


もっとゆっくり眺めて、またコメントさせてもらいますね。
ありがとうございました。
| みゆき | 2020/03/26 10:58 PM |
 たくさんの空き家の中の一軒が、父の生家ですね。今は市の管理だそうです。
 父を今回の旅行に誘っていましたが、静かになった蕨町をみるのが切ないと断られていました。その時はそんなもんかと思いましたが、15歳で仕事のために家を出て、私の知らない苦労も手放した楽しみも沢山あったのだなと、写真をみて考えています。

 母は奈留島なんですよ。こんなに近くなんですね。町から海越しによその町が見えるなんて。ますます体感したいです。

 小さな集落だけど独自の方言があるんですね。蕨は蕨の言葉があるのですね。集落ごとにちょっとずつ違うのでしょうか。
 奈留島の祖父はすでに他界しているのですが、生前私をかわいがってくれました。でも言葉を聞き取ることはできませんでした(笑)


 もっと沢山お話が聞きたいし行ってみたいです。行ったこともないけど住みたいくらいです。
 過去の記事も少しずつ拝見しています。蕨に限らずまた色々な場所や生活を紹介してください。
 でも今はお気をつけて。五島の皆様の健康を願っています。
| みゆき | 2020/03/28 7:00 AM |
みゆきさま
おはようございます。
写真に写っていない家もまだありますので、どうかなと思っていましたが、お父様の生家が写っていたのなら良かったです。
私が越してきた当時は、本当に賑やかな集落でした。働き者の女性が多い集落でした。
今では寂しくなりましたが、でも、この現実も含めて久賀島はいい島です。それを発信していこうと思います。
言葉は、集落ごとに少しずつ違います。越してきたときは、五島生まれの(若松島出身)私も分かりませんでした。
それと蕨は、漁業に携わる方が多かったので、声が大きく荒い言葉でした。怒られてるのかと思ったりしましたが、海の上で優しく話していても大事故につながることも分かりました。

このコロナウイルスが収まりましたら、どうぞ遊びにいらしてください。時間がとれたら暫く滞在してください。
お待ちしていますね。

お互いに健康には留意して、元気に楽しく暮らしましょう。
| 坂谷伸子 | 2020/03/28 9:46 AM |
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